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【W的視点】〝訳アリ物件〟特集29。

こんにちは。
センチュリー21ジェイワンホームズWと申します。
前回の記事で横浜市と川崎市、神奈川県の区分マンションについてそれぞれの地域で最も古い区分マンションを調べてみましたがいかがでしたでしょうか?
今回は前々回の標高シリーズと前回の区分マンションシリーズのコラボレーションです。それぞれの地域で最も高さが高い区分マンションについて記載して参ります。

横浜市内では〝ザ・タワー横浜北仲〟で地上58階・地下1階、1,176戸、建物の最高高さ199.95mです。
川崎市内では〝パークシティ武蔵小杉 ミッドスカイタワー〟で地上59階・地下3階、794戸、建物本体の高さで見る場合は197.55m、塔屋等を含む最高部で見る場合は203.5mです。
最高部まで含めた「最も高い地点」では〝パークシティ武蔵小杉 ミッドスカイタワー〟、建築物本体の高さでは〝ザ・タワー横浜北仲〟と理解できます。

※写真はイメージです

また東京都内を含めますと〝麻布台ヒルズ レジデンスB〟が地上64階・地下5階、970戸、建物の最高高さ262.82m(公表上は約270m)です。ただし上記は分譲物件・賃貸物件の双方がある住宅である為、純粋に分譲マンション用途のみの単独建物に絞るなら〝ザ・パークハウス西新宿タワー60〟であり地上60階・地下2階、954戸、建物の最高高さ208.97mです。都心部に近づけば近づく程、高さが増している事がわかります。また参考迄に弊社のありますスカイビルの高さは132mです。

次回は高さシリーズで横浜が誇れるような企画を記載するつもりです。横浜ファンの方は特に楽しみにしていてください。

〝訳アリ物件特集29〟:古い区分マンションが訳アリ物件になる事例について
前回、古い区分マンションが訳アリ物件になってしまう事について記載致しました。そしてその前にはタワーマンションが訳アリ物件になってしまう事について記載致しました。それぞれの問題点の共通項を考えていくと〝多数の住民が同じルールのもとで暮らす〟〝管理組合や管理会社の役割が大きい〟〝共用部分の維持管理が暮らしの快適性を左右する〟〝住民構成の変化やコミュニティ形成が課題になり得る〟といった点で似たようなものと感じる事があります。問題点の共通項を見ていくと類似したようなものと感じてしまいますが、それぞれの成り立ちは全く違うものです。今回はその件について説明の上、解釈を記載して参ります。

まず答えから記載しますと、団地は「戦後の住宅不足を、郊外で大量・計画的に解決するため」に生まれ、タワーマンションは「都心部の土地を高度利用し、再開発と都心居住を進めるため」に発展したものです。

【団地の成り立ち】
戦後の深刻な住宅不足が出発点
第二次世界大戦後、日本では戦災、引揚者の帰還、人口増加、都市への人口流入が重なり圧倒的に住宅が足りませんでした。1955年時点でも全国で約270万戸が不足していたとされています。そこで1955年(昭和30年)に日本住宅公団が設立されました。目的は大都市圏を中心に宅地を大規模に開発し耐火性のある集合住宅を大量に供給することでした。公営住宅は住宅金融公庫と並ぶ住宅政策の柱として位置付けられました。1956年(昭和31年)には日本住宅公団による最初の団地として大阪府堺市の金岡団地が誕生しました。以後、多摩平団地、香里団地、赤羽台団地などが都市近郊に整備されていきます。団地は、単に同じ形の住宅を並べる事業ではありませんでした。住宅棟とともに、次のような生活基盤を一体で整える発想でした。
公園・広場・緑地
商店街や店舗
保育園・学校
集会所・診療所
歩車分離された通路
鉄道駅やバス路線との接続
特に1950~60年代には数千戸規模の団地やニュータウンが大都市郊外に建設され自然や地形を活かしながら公園・広場・歩行者動線を備えた計画的な住環境がつくられました。「住宅を建てる」だけでなく「生活の場をつくる」といった考え方です。当時の団地には、洋式便所、浴室、台所、ダイニングキッチンなど当時としては先進的な設備・住まい方が導入されました。団地が象徴した「新しい生活」という考え方です。「食事をする場所」と「寝る場所」を分ける食寝分離、DKを中心とした家族生活は、戦後の核家族化・都市勤労者の生活様式を象徴するものでした。つまり団地は住宅不足への対策であると同時に近代的な暮らしのモデルでもありました。

1960~70年代には高度経済成長と都市部への人口集中を背景に団地はさらに大型化します。千里ニュータウン、多摩ニュータウン、高島平団地のような大規模開発も進みました。また戸数増加に対応して、高層住宅も徐々に導入されました。その一方、長い年月が経つにつれ下記のような問題も出てきました。
建物・設備の老朽化
居住者の一斉高齢化
子育て世帯の減少
空き住戸や商店街の衰退
建替えや大規模修繕の合意形成
現在の団地は建替えだけでなく既存ストックを活かした再生、多世代居住、地域交流の場づくりへと役割を変えつつあります。

【タワーマンションの成り立ち】
先に「高層住宅」があり後に「タワーマンション」が定着しました。タワーマンションは突然1990年代に出てきたわけではありません。団地の大量供給期にも都心や駅前で土地を有効に使うために高層住宅の試みがありました。例としてはURの前身である日本住宅公団では1958年竣工の晴海高層アパートが初期の高層住宅の代表例です。さらに1973年には兵庫駅前市街地住宅で公団初の20階建て超高層住宅が管理開始されています。この段階では現在の「タワマン」という商品・生活イメージよりも駅前や既成市街地で住宅を高密度に供給する高層住宅という意味合いが強いものでした。1980年代以降、都心では工場跡地、貨物ヤード、倉庫街、老朽化した市街地などの土地利用転換が進みます。一方で地価の高騰や都心からの人口流出も課題となり住宅・オフィス・商業施設を組み合わせた再開発が求められました。
そこで有力になったのが限られた土地に多くの住宅を積み上げる超高層・複合再開発です。タワーマンションは次の要素が組み合わさって発展しました。
都心・駅前・湾岸部などの土地の高度利用
再開発による道路・公園・商業施設などの整備
高層建築技術、耐震技術、エレベーター技術の進展
バブル期以降の不動産開発
1990年代後半以降の都心回帰
共働き世帯などの「職住近接」需要
東京都区部では1985年以降減少していた人口が2000年国勢調査で15年ぶりに増加し統計局も都心回帰の現象を指摘しています。タワーマンションの普及は、こうした都市居住志向とも重なります。

近年のタワーマンションは住戸を縦に積むだけではなく建物や地区の内部に多様な機能を持たせる傾向があります。
駅・商業施設との直結または近接
保育施設、クリニック、店舗
ラウンジ、ゲストルーム、ワークスペース
防災備蓄倉庫、非常用電源
大規模な公開空地や広場
複数棟から成る再開発街区
「住戸」から「一棟の都市」へといった感覚です。

団地とタワーマンションの違いを一言で申し上げますと、
団地:広い土地に住宅と生活施設を横に広げる仕組み
タワーマンション:都心の限られた土地に住宅と生活機能を縦に集約する仕組みとして発展したと言えます。

2026年9月21日(月)1面 ビジネス1 【賃貸用リノベに優遇融資 国交省、空き家など流通促す】
国土交通省は空き家などをリフォームして貸し出す事業者を優遇する融資制度を2027年度にもつくる。機構は新制度の融資率や条件など制度の枠組みを26年末までに詰め、早ければ27年度にも融資を始める。木造住宅は税法上の耐用年数が22年とされ、中古市場では土地を除く建物価値が築20~25年程度でゼロに近づくとみなされる事も多い。老朽化が進んだり買い手が少なかったりする空き家が担保評価が付きにくく、中古物件を扱う事業は資金調達に課題を抱えやすい。自治体との協力も探り連携していく見込みである。

自身の中で上記の記事のポイントとしてはただの中古物件ではなく〝賃貸用〟や〝事業者〟といった点であると理解する。言い方をかえると〝実需(マイホーム)〟や〝個人〟ではないと解される。昨日のコラムで「8月の首都圏新築マンションの平均価格は1億3821万円であり、家計の事を考えると買えない状態になっているのではないかと感じます」と記載しましたが、国の施策としてもまさにその方向へ舵取りをしている事が伺えます。確かに空き家問題解決や一時的な居住用物件確保は重要であるかと思いますが、自身、不動産を網羅的に扱う立場として感じるのは、普通に働いて、普通に住宅ローンを組んで、普通にマイホームが購入できる社会が良いのではないかと感じます。住む場所、それぞれの考えがありますので、一概にそれが正しいとは言いませんが、選択肢として、個人個人が選べるような社会の熟成が重要なのではないかと。その中で〝リースバック〟や〝任意売却〟も形を変えていくのではないかと感じております今日この頃です。

34回目のブログ、いかがでしたでしょうか?

このような形で日々、情報発信をおこなっていきたく存じます。

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若槻 元

不動産取引で幸せを感じる方が少しでも増えますように

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