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【W的視点】〝訳アリ物件〟特集30。

こんにちは。
センチュリー21ジェイワンホームズWと申します。

前回の記事でそれぞれの地域で最も高さが高い区分マンションについて記載しました。
今回はそもそもの建物が建っている立地の高さである標高について、各地域で比べて参ります。
横浜市内最高地点は栄区上郷町の標高159.4メートルです。
川崎市内最高地点は麻生区黒川の「黒川高区配水池」付近で標高は資料によって約148~149メートルです。
東京都内の最高地点は奥多摩町の雲取山山頂で標高は2,017メートルです。
都内おそるべしといった感じです。
かたや東京23区に限りますと練馬区関町南四丁目で標高約58メートルとの事です。

※画像はあくまでもイメージです

前回のように区分マンションに限りますと
横浜市はエステ・シティ湘南六浦参番館で海抜93メートル、
川崎市はオーセントコートはるひ野2番街で海抜101メートル、
東京23区は関町南パーク・ホームズで海抜57メートルでした。
※個人的には磯子のプリンスホテル跡地に建ったブリリアシティ横浜磯子が高いのではないかと感じておりましたが標高67メートルのようです

〝訳アリ物件特集30〟:団地の人が少なくなってきている件について
前回、団地とタワーマンションの違いについて記載しましたが、ここ最近、団地の人が少なくなってきている件について問題となる事が多いように感じます。その点について、誕生から現在までを個別に綴って参ります。まず都内23で有名な所ですと下記3団地があげられます。

▽高島平団地(東京都板橋区)
<1970年代>大規模な入居が始まる。
都市部の住宅不足に対応するために建設され、1972年から1973年にかけて約10,000世帯、約29,000人が入居しました。子育て世帯が多く、地域の学校や生活施設も整っていきました。
<その後>子どもの独立と親世代の高齢化。 団地で育った子どもが地域外へ転出する一方、親世代は住み続ける例が多く、高島平二・三丁目では人口減少と少子高齢化が進みました。児童数の減少に伴い地域の小学校2校も閉校しています。つまり住宅が一斉に空になったというより一世帯当たりの人数が減り世代交代も進みにくくなったことが大きな変化です。
<現在>段階的な再生へ。 板橋区は2015年に地域の将来像を定め2024年には高島平駅周辺のまちづくりプランを策定しました。URは2025年度、高島平団地の1,955戸を対象とする建替え事業に着手したと公表しています。これは団地全体の建替えが完了したという意味ではなくこれから段階的に進める取り組みです。

▽永山団地(東京都多摩市)
<1970年代>多摩ニュータウンの初期の住宅地として誕生。 諏訪・永山地区では1971年に入居が始まりました。住宅不足に応えるため、当初は2DK・3DKなどの住戸が中心でした。
<2000年ごろから>ニュータウンの成熟と高齢化。初期の入居世帯が年を重ね子ども世代の独立も進みました。URは地域の少子高齢化に加え団地の人口減少によって住民同士のつながりが薄くなることを課題として挙げています。
<2010年代以降>暮らしを支える取り組みから建替えへ。URは2014年に永山団地などで医療・福祉を重視した再生を始め、相談窓口や交流拠点づくりを進めました。さらに2025年度には永山団地の591戸を対象とする建替え事業に着手したと公表しています。こちらも団地全戸の建替えが終わったわけではありません。

▽ひばりが丘団地(東京都西東京市・東久留米市)
<1959年>当時の「憧れの団地」として誕生。2,714戸の大規模団地として入居が始まり、学校、商業施設、公園などを備えた暮らしが注目されました。
<1999年から>古い団地を建て替える。 建物の老朽化だけでなく暮らし方や住宅への希望が変わったことを受けURが建替えに着手しました。新しいUR賃貸住宅「ひばりが丘パークヒルズ」への入居は2004年から2012年にかけて進みました。
<2010年代以降>団地から多様な住宅のある街へ。 建替え後のUR住宅は資料上1,528戸ですが空いた敷地には民間の分譲住宅や高齢者向け施設なども整備されました。2015年には住民の交流拠点「ひばりテラス118」も開設されています。

3団地の違いを一言でいうと高島平は「大規模入居後の世代交代が課題となり、再生が動き出した団地」、永山は「ニュータウン初期の高齢化に対応し、生活支援から建替えへ進む団地」、ひばりが丘は「建替えを経て、住宅や施設を組み合わせた街へ変わった団地」といった考え方ができます。次に我らが横浜ですと下記3団地があげられます。

▽左近山団地(旭区)
<1968年ごろ>丘陵地に大規模団地が誕生。1967年に開発が始まり1968年から入居が始まりました。緑を残した敷地に主に5階建ての住棟が建てられ賃貸住宅と分譲住宅が整備されました。地域の人口はピーク時に20,000人を超えました。
<その後>子どもの独立と住民の高齢化。入居当初の子育て世帯が年を重ね地域の人口は減少しました。地域の紹介資料では2021年9月の「左近山」という地域の人口は8,000人強とされています。これは団地の空室数ではなく地域人口の数字です。また横浜市は、旭区の大規模団地に共通する課題として最寄り駅から距離がある事や人口減少・高齢化を挙げています。
<2010年代以降>住民主体の活動と若い世代との連携。空き店舗を交流拠点として活用するなどの取り組みが進みました。2017年には旭区・横浜国立大学・URが連携し学生が団地に住みながら地域活動を行う事業を開始。その後学生グループ「サコラボ」の活動にも広がっています。人口減少を課題としながら、既存の街と人のつながりを生かして再生を図っている団地です。

▽洋光台団地(磯子区)
<1970年代>鉄道の延伸とともに誕生。洋光台の開発は1966年に始まりJR根岸線が洋光台駅まで延びた1970年に「洋光台中央」「洋光台北」で入居が始まりました。「洋光台西」は1975年に入居開始。駅を中心に住宅と生活施設を備えた街が形成されました。
<その後>便利な立地でも建物と地域の課題が表面化。駅に近い団地ですが年月とともに建物の老朽化や暮らし方とのずれが生じ地域では少子高齢化や商店街の活性化が課題となりました。
<2011年以降>建て替えだけに頼らない再生。 URは「ルネッサンスin洋光台」を始め住民・行政などと協力して団地と周辺地域の活性化に取り組んでいます。洋光台北団地では2020年に集会所と芝生広場を改修し2025年には散歩道を整備しました。古い建物や広場を生かしながら、街全体の魅力を高める方向で再生が進む団地です。

▽横浜若葉台団地(旭区)
<1979年から>生活施設を備えた大規模な街として成長。1973年に造成が始まり1979年3月に最初の分譲住宅へ入居が始まりました。その後、賃貸住宅、学校、商業施設、病院などが整備され1990年1月には若葉台の人口が20,000人を突破しました。現在の住宅構成は分譲・賃貸などを合わせて約6,300戸です。
<2000年代>子どもの数の変化が学校にも現れる。初期からの入居世帯が年を重ね若い世代や子どもの数が変化しました。小規模校の再編により2007年に小学校は3校から1校、中学校は2校から1校になりました。神奈川県住宅供給公社も団地の人口減少と少子高齢化を課題に挙げています。
<2010年代から現在>暮らしを支え次の世代を呼び込む取り組み。2017年に住民主導の「横浜若葉台みらいづくりプラン」が策定されました。その後2022年に多世代交流拠点「Wakka」が開所し大学との連携も進められています。住宅だけでなく、買い物・移動・交流を含めた街全体の持続可能性を考える団地です。

3団地を比べると左近山は「住民と学生の地域活動」、洋光台は「駅周辺を含む空間の再生」、若葉台は「生活機能を含む街全体の再生」に特徴があります。
団地としてまとめてしまうと分かり辛いですが、それぞれの課題と現状が違う事が見て取れます。
※私個人としては、昔からある団地文化が大好きです。どちらかと田舎育ちですので、地域の関係性が濃い方が好きです。本日の日経は下記記事をチョイス。

2026年9月24日(金)22面 社会 【埼玉・東京にまたがる狭山丘陵 「トトロの森」次代へ残せ】
アニメ映画「となりのトトロ」の舞台モデルとされ埼玉県と東京都にまたがる狭山丘陵の自然を守るため市民や企業の寄付で土地を取得し管理・保全する運動が広がっている。
狭山丘陵では戦後、遊園地やゴルフ場などレジャー施設開発が始まった。高度経済成長期には東京の人口集中に伴い宅地開発の波が押し寄せ1990年ごろには都市部で発生した残土やごみの不法投棄が相次いだ。危機感を抱いた市民らが自然保全に動き出し、宮崎駿監督に相談すると名称に「トトロ」の使用を了承された。90年にトトロのふるさと基金委員会(現・公益財団法人トトロのふるさと基金)が発足し寄付を募り土地を買い取るナショナル・トラスト活動を始めた。2026年3月末までに寄せられた寄付金は約12億円。この他22年5月まで基金の顧問を務めた宮崎監督らが描いたオリジナルのイラストを使用したグッズ販売収入も活動資金に充てている。

この記事を読んで人が増える事の良さや悪さ、それに対する対処の必要性を改めて感じました。
上記記載の通り、団地群は人が減っている傾向にある一方で多くの試みを施し、今のあるべき姿になっている事が多いです。これも努力の一環であると感じます。
むしろ問題なのは、今は良く見えていても今後何十年先を考えた時に、何の施策も無い地域や建物群であると考えられます。それは地域の問題でもありますが、その地域の問題が個人の問題ともなる弊害。上記記事では寄付金で賄えておりますが、これが地域住民個々人に均等割りされるような事態になれば大変な事となってしまいます。〝リースバック〟や〝任意売却〟にも発展する程、被害甚大といった可能性もあります。そんな問題を少しでも未然に防げるような、そんな組織や個人であれればと感じております今日この頃です。

35回目のブログ、いかがでしたでしょうか?

このような形で日々、情報発信をおこなっていきたく存じます。

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若槻 元

不動産取引で幸せを感じる方が少しでも増えますように

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